むすめが作ってくれたカレーが超うまし!だったのでついつい大盛りで。
カオリちゃんの伊豆土産の塩辛が、またとてつもないおいしさで、ついついもりもりっと。
かんてん+白玉+バニラアイス+あんこ+赤えんどう豆のデザートもぺろりしたら、そりゃ胃も怒り出すわいな。
家人から胃薬をいただく.....。
「食欲不振」という四文字、どこさがしても出てこない。
むすめが作ってくれたカレーが超うまし!だったのでついつい大盛りで。
カオリちゃんの伊豆土産の塩辛が、またとてつもないおいしさで、ついついもりもりっと。
かんてん+白玉+バニラアイス+あんこ+赤えんどう豆のデザートもぺろりしたら、そりゃ胃も怒り出すわいな。
家人から胃薬をいただく.....。
「食欲不振」という四文字、どこさがしても出てこない。
風呂上がり。
お肌の乾燥はすぐさま始まる.....。
と、わかっちゃいるけどな〜んもつけずに、「たるんでいたい風呂上がり」である。
そんなとき、このアイクリームがとてもよかったのである。(友人Sからいただいたもの)
ザ•ゴールデンアイショットというペンシル状のアイクリーム。
容器のおしりの部分がくるくる回るようになっていて、回す度にクリームがちょっとずつニョロリと出てくるのだった。
それをそのままつける。
オイル状のクリームよりずっとずっとつけごこちがいい。
朝、まぶたが柔らかく感じる。
と、目の付近だけのケアをしていた一夏。
Sさん、今度会ったらアタシの目元を見つめてちょ〜!
さわってもいいぜ!
グレーのロングシャツは、両脇が大きく開いているもの。
アオザイ風なデザインだ。
これまた古くから着ている一着なのだ。
10年もの。(とまたモノモチの良さ自慢...)
自慢したいのは、毎年着ているということなのだ。
同色のセットパンツもあり、とても着やすいセットなんである。
今日はいたフューシャピンクのパンツは友だちが作ったものだ。
いつもは家人がはいているものだが、すきをねらってはいている。
(共有ってことでどうかひとつ)
10年ものと新しいパンツはバッチリで、グレーとフューシャピンクはとても合うと思う。
シャツの首回りの開きが大きくて...真夏っぽい気がして、ドットのロングスカーフをひと巻きしてみた。
腕は出しっぱなしだけど、ちょっとずつ秋に近づく着こなしに変えていきたい気分もして。
現場へ、午後から。
H家のリフォームはまだまだ続行中なのである。
家まで迎えに来てもらって、今日は夏休み中の息子と連れ立って行く。
床も壁も張り替えられたリビング、ダイニング、キッチンは見違えるほどにきれいになった。
広々としたリビングルームには、大型のかっこいいソファ(@コストコ)も運び込まれ、犬二頭がのびのびと和んでいた。
黒いソファに黒い犬二頭....とけ込み度100パーセントであった。
現場に到着するやいなや、家主さんに
「ままビールでも。ささ」
とすすめられ、カシューナッツやら漬け物やらでいただく。
その後仕事にかかる。
子どもらは、押し入れを改造したパソコンの小部屋の壁塗りを。
大人らは、主にキッチンの戸棚とか食器棚の整理をした。
H家の人々もアタシもきっとこんな作業をしなかったら、丸一日をテレビか昼寝に持っていかれていただろう...。
ちょっとでも進められてよかったと思う。
玄関まわり、トイレ&洗面所は手つかずの現状まま。
土日仕事だけでは、そう進まないものね。
私もやらなければならないこといっぱい。
もう暑い暑い!なんていってはいられない。
足の指むき出しのサンダルはもうしまおう。
スエードの靴の中敷きを新調しておこうと思う。
ノースリーブと長そで。
どちらが涼しいかといえば、それはノースリーブなのだけれど、気持ち良さをくらべると長そでシャツもだまっちゃいないのだった。
汗をかく部分って、年ごとに移動するような気がしてならない。
昨年は、やけに首の後ろばっかに汗が流れた。
それと、肩と背中の上部のあたりに。
背中の大きく開いたシャツを着ると、汗の行き場がなくて、いつもべたついた感じをしょって歩く気分がしたので、汗吸い込ませるように、綿ショールなど羽織ってすごしていた。
今年は、二の腕のあたりが「汗溜り」となった。
ここもまた行き場をなくした汗が毎度べたべたを残して蒸発していった。
それはもう.....もし虫でもとまったりしたら、きっと身動きできないほどの粘着力を発揮するほどに。
汗の行き場をつくると、汗はそこに吸い込まれる!の去年の約束通りに、長そでシャツを思いきって着てみた。
暑い暑いといいながらも、ほら、秋近いってことでもあるし。
いつもなら、前ボタンをふたつみっつ外して着るけれど、オール留めしてみる。
わりと気持ちよく過ごせた今日だった。
長年使い込んでいるこもの入れの皮ヒモが切れてしまったので、応急手当的にトリコのヒモを付ける。
寸足らずだけど、気に入るヒモが見つかるまでしばらくはこれで。
このところ、水筒には梅干し一個とウーロン茶を入れている。
脱水予防として。
これ、なかなかおいしいよ!
梅干しは大きくて、柔らかいのが良し。
飲み物の好みも年々変化していくようだ。
去年は凍らせたカルピスが好きだったのだけど....。
ba-san?!
カンカン照りの正午、原宿で友だちと待ち合わせる。
二人ともとしもとしだし、ぶらぶらもせずとっとと用事を済ませるべく、とっとと目的だけを完了させる。
ルイ•ヴィトンのショーウインドウに草間弥生さんがいらしたので、かわりばんこに記念撮影をした。
せっかく原宿まで出張ったんだからと...。
これぞ本格的な等身大ba-san人形である。
縁起物の趣。
こうしてみると見た目の迫力はどっこいどっこいである。
駅前では汗だくの青年ふたりが、「福島の預かり犬」の募金のお願いをしていた。
用事を済ませた後、一人でコーヒーでもしようともくろんでいたけれど、ドッグフード一箱分にかえることに。
「ブログに載っけるから写真とってもいい?」
といったらうなずいてくれたので、載せます。
家人、娘、娘のカレシ(おっと!婚約者となった)とで二子玉川まで花火を見に行く。
まだ日が高いうちに家を出て、6時ごろ会場に到着。
「立ち見禁止」という不思議な立て札、道々途中で何本も見る。
座って見なさいということらしかった。
警備の人に誘導されて、会場入りする。
土手にシートを広げて陣取り、ちゃんと座る。
途中で買ってきた「定番!夏のイベントお楽しみディナー」
こういうのこそ食べたかったものである。
だんだん暗くなってくる。
気分も盛り上がる。
6時59分からカウントダウンで、ドドドドッカ〜ンと花火打ち上げ開始だ。
どかんどかんと7時から一時間絶え間なく打ち上がる花火。
そりゃもういろんなバリエーションがあって、飽きない空だった。
花火は音だ。
あのカラッとした清々しい音があってこその興奮。
音とともに花開く花火に思わずこちらも負けじとおっきな歓声を上げる。
掟やぶりのスタンダップ。
花火の中心に立ち、手を腰にあてて見上げる。
♪ドンと鳴った花火だきれいだな〜空いっぱいに広がった〜しだれ柳が広がった〜♪
焼きイカのにおい、ど〜んとお腹に響く音、夜空のきらきら....。
夏の夜は五感のすべてを刺激してくる。
消えるって美しいねえ〜〜。
シャワー....もはや鬼門である。
今夜は、シャワー後の場外戦となった。
いつものようにのんきにラララン〜♪とシャワーを終える10時。
カラダにはバスタオル一丁、巻き巻きのかっこで、夕方取り込んだばかりのパジャマを洗濯山の中から取り出す。
パリッとのしいか状に乾いたパジャマは本当に気持ちがいいものだ。
のしいかパジャマをラフに手に取って首をつっこもうとしたところ、手のひらあたりでモギャモギャっとした感触を得る。
どっきりする暇もなく目に飛び込んできたものは....脱皮途中のセミであった。
ヤツはうすーく透き通るような黄緑色のフレッシュをただよわせ、かさかさ感はないものの、れっきとした立派なセミの体をすでになしていた。
脱ぐのあと足一本(おしい!)...ぐらいのところで、両者セミヌード同士の出逢いであったのだね。
さて、場外ということもあって「んぎゃ〜〜ぎゃ〜」と叫んでみたが、家の者らが出てくる気配はいっこうになかった。
.......だろうて。知ってたし。
一人で決着をつけるのに慣れているとはいうものの、とっさの行動というものは時におかしなことになるものである。
なんと右手にくっついたヌードセミを私は台所の流しに投げ込んだのであった。
と同時に勢いあまったか左腕が「おたま」をひっかけ、それがまたどうしたことかうまいことヌードセミをすくい上げるかっこうとなり、流しに着地した。
どうだろう、おたまに乗るうす緑のセミ(抜け殻付き)、なんとも斬新な組み合わせだ。
私はバスタオル巻き姿のまま、ピンポン球運び競争の要領で玄関まで全速力で小走りし、みごと屋外に放出成功をなしとげた。
どうかほめたたえてほしい.....。
途中バスタオルを落とし、足にひっかけながらも生まれたてのセミをおっことさなかった私のことを。
ふふふふを払拭すべく、とにかくそうじだ!と机まわりと、本棚あたりを攻めてみた。
古い資料とか古い手紙など紙類中心に処分する。
日焼けした紙たちは、うすら寂しさを醸し出していけない。
どんどん捨てボックスへ。(まとめて小さくカットして買い物メモ用紙にする。←これ便利だし、罪悪感もちょっと免れるし)
ポストカードをしまった重い引き出しも思い切って整理しはじめる。
カードのセットの箱が出てきた!
1970 CATALOG MAN と書いてある。
男性衣類カタログの写真をポストカードにしたものだ。
なんとなくモンキーズ風味がする。
15年??前だったか、お茶の水の本屋で買ったっけなあ..と思い出す。
かっこいいとおかしいが2:8ぐらいか?
いけないいけないとにかく大そうじと先を急ぎつつ、カタログマンを元のところに戻した。
負負負負負、不不不不不な気持ちが充満しているこのごろである。
墓石の熱さをおぼえているお手々のしわとしわを合わせてみても、しあわせ〜っとはならん。
友だちが、
「これをba-sanにつかって」
と、お宝モノを送ってくれた。
お宝モノをひとつひとつたなごころに乗せてはその温度を確かめる。
負と不がいっこずつ、いったん遠のく。
声に出して、負負負不不不ふふふふふ〜〜ぅっと最後は息のみのふ〜ぅに。
お手々をぐーにして、ぐっと力を込めたとたん、ついうっかり負と不をまたにぎりしめてしまった。
無駄ないきみを抜くってどうやるんだったっけな?
まだ生まれ来ぬ私のba-sanたちが教えてくれるかもしれない。
明日。明日。明日。
朝7時半に出発のぉ〜夜8時に帰宅でぇ〜...帰省した今日。
母、姉、義兄、姉んとこの息子&その息子(2歳)と、フーちゃん(犬)は車二台に分かれて乗って、お墓参りに行く。
炎天下の墓地は、乾いた「墓地」って感じ。
お墓ごとにお花が供えられていた。
あの花....この後....熱湯に浸かって朽ちてくんだよなあと思うと、ややちくちくな気持ちが湧く。
墓石に手を当ててみる。
タマゴが焼けるほど〜♪のエンジンフードなみの熱さであった。
なんだかこう、こういうの、もやもやが残るのである。
どう説明したらいいんだかは不明。いつも不明のままもやもやっとする。
お昼はおいしいおそば屋さんへ!
全然おいしそうに撮れてなくてすみません。
いつものように食べ始めてから、あ、写真、と思ったもので。
豪華な天ぷらも時すでに遅し。
えびちゃん一本残すのみの状態でのパチりと。
(もちろんそばにこのように乗っかてたわけではありません。アタシが乗っけただけ)
とうもろこしは店主からのサービスで。
甘くてやわらかいとうもろこしだった。
そば湯もおいしくて、ごくごく飲んできた。
車一台と別れてから姉と二人だけで、友人の展覧会に行く。
「クラバヤシマユミ グラフィックデザイナーとしての創作」
という展覧会。
デザイナーであり、またカメラマンでもあり、またイラストも描かれるクラバヤシ氏。
展示方法もまたとても素敵でじろじろと見た。
小さな写真を鉄のボックスに納めてあるのが興味深かった。
「大自然を小さくとじこめました」
とうこと、しっかり虫眼鏡でのぞきこんできた。
母にba-san人形を渡す。
本物のばあさんがba-sanを持つと、ba-sanはかすむ。
バナナの葉っぱ柄のスカート、いつもは、オレンジ色や赤のTシャツを合わせて南国パッパラ気分を出しているけれど、今日は黒のTシャツでチョイジミに着てみた。
このTシャツの背中は、真ん中がぱっくりと開いていており、首の後ろんとこでヒモで結ぶようになっているのだった。
なのでタンクトップを重ねている。
グレーのタンクトップ、前面では裾の部分と肩のところからはみ出させている。
背中部分では面積広く見えている。
黒、グリーンとキッパリ色での上下なので、間に中間色を挟むと落ち着くような気がしてグレーにした。
息子が高校時代に使っていた水筒、今では私のお出かけ用に。
こんな服装の時にはカラフルなバスケットを持ちたいとこだけど、ないので黒かごでおとなしく....。
あ、黄色のバスケットがあったな〜!(高校時代に買った40年物の)
出しておこう。次回はそれでいこう。
朝に昼に夕に、バナナミルクをつくっては飲んでいる私である。
バナナ、牛乳、氷2かけら、イナアガーでつくった寒天ゼリーをミキサーでンガガガア〜とやるだけのもの。
(寒天ゼリーは最後に入れて、ちょいガガでね)
コップに注ぐと持ち重りがする。
ひとえに寒天ゼリーのせいである。
よって、腹持ちもとてもいいのである。
メロンとか桃とか、そういったセカンドフルーツがあればあったでそれはそれでまた一段となのだけれど、バナナだけで充分おいしい。
バナナの力によるところが大きいのだ。
毎日飲んでいると、好みのバナナがわかってくる。
シミが浮き出してるようなバナナがよろしい。
結束力もすでになく、皮の質感もややへたれてるのが大変よろしい。
グッドなバナナは右側のである。
左側のは、5本200円。
グッドな方は5本で30円。
味もプライスもグッドなんである。
しかしいかんせん...5本30円は「先」が短いので、すぐさま冷蔵庫に保存しとく。
皮の色はすごく悪くなるけれど、中身は保たれるもの。
5本は二日で消費できるので、問題もないし。
味わいのあるバナナミルクのできあがり。
茶色いシミ、へたれだした皮肌。
そういった領域にふみこんでこそ出てくる優しいスウィート。
...........先はいわずもがなってことで、ひとつ。
たっぷりあるぞ!の塩糀。
丸い方は前回(2〜3ヶ月前)ので、四角い方が今回仕込んだ塩糀である。
温度も湿度もまんまんにある季節ではおどろくほど発酵が早い。
この「早さ」はうまみに関係してくるものなんだろうか?とふと思う。
いちばん最初に作ったとき、まだ糀というものを良く知らなくて乾燥した糀でつくっていた。
お米のようにさらさらとした状態のもの。
寒い季節に始めたので、発酵に2週間、いや3週間ぐらいかかっていたと思う。
(「完成」状態は既製品の塩糀を参考にした。)
充分おいしかったけれど、友人から分けていただいた「生の糀」を使って作った塩糀とは差があった。
生ならではのビックリする味だったのである。
まろやかで、なんつうかこう、手を取り合いたいというか...。
「うまみ」を説明するのはとってもむずかしいんだけどぉ...。
今思うのだ。
乾燥した糀をじっくりじっくり発酵させたものの方は、味がどん深かったと。
生の糀で、わりと早めに発酵が完了すると、ライト?な味わいになる。
それに加えて塩の加減もいろいろにすると、用途もいろいろに変わってくるのだった。
たとえば..である(すみませんねえ。塩糀について語りだすと長くなるもんで)豚肉を生姜焼きにするとき、塩控えめな塩糀をしばらくまぶしておく。
そうすると肉の旨味はぐぐんと引き出され、柔らかくもなる。
しょうゆの風味は欠かせないもんだから、しょうゆの塩分と塩糀の塩分の.....そうそう!塩梅しないといけないから、塩控えめの糀が必要となるんだな、これが。
そして糀の風味は少々にしておきたいので、ライト糀がぴったりなのだ。
味のどん深い塩糀はなんといっても漬け物に向く。
一晩野菜をひたしておけば、うまし漬け物の完成である。
冷蔵庫の中の塩糀のビンを並べ替えながら、山椒のビンを見つけた。
じゃこもあったので、フライパンでから煎りした。
これからおむすびを作る予定である。
ばあさん人形の頭部ふたつ、未完成のまま放置してあるんで、それは今晩人形にしよう。
つくるのが楽しければ、きっとなんでもおいしいくできるのである。
親方は今日も現場へ....。
本日は床貼りの予定だ。
30センチ四方のタイルを四角い部屋の床に貼っていく段取りをつける。
今日の作業はMARIKOさんと私の二人だけ。
現場に到着してしてからの小一時間は、まず、コーヒータイム。
おいしいパン屋さんに寄り道しいくつか甘いパンも買ってもらったし。
コーヒータイムはとても大事なのである。
作戦会議というところだ。
さて、まず、と、ばあさん話で45分ほど盛り上がり、その後打ち合わせる。
基本は、部屋の中心から貼り込んでいくという。
(ネットの参考書しらべではそういうことだった)
部屋の中心地点から正しい十文字を描き出し、その十文字に添って一枚一枚タイルを貼っていくというのだ。
そしてはじっこの余りのスペースにはタイルをその寸法に切り出して埋めていくのが正攻法。
さて墨ツボの登場である。
現代は墨じゃなくて、赤いチョークの粉をケースに入れて、それで糸を染めることになっていた。
ピーンと糸張って、ピンッとはじくとピシッと板にラインが引けるという憧れのあれである。
嬉しくって、チョークの粉で指を真っ赤に染めながらも早々に準備する。
ピーン&ピンッ&ピシッを早くやってみたくてたまらなくって!
が、しかしである....。
そうやって中心から貼ってってでは....余り部分が部屋の四辺すべてに発生する.....とチョコパンを食べながら我々は気づく。
加えて古い家だ。
部屋全体が正しい四角ともかぎらない。
ひずみ?ゆがみ?ガタ?そういった現象も、目視でもやや確認できる。
余りの部分が変なカタチに残ることは必至だ。
う〜む、いちばん目立つ一辺(入り口付近)が継ぎはいだ変なカタチのタイルになってるのはいかがなものかとコーヒーを飲みながら案ずるわれわれ。
「そこんとこいちばん大事じゃない?」
「そうだよね、せめてそこんとこだけは継ぎはぎナシでいきたいよね」
とリンゴパンをもぐもぐしながら作業進行を考える。
で、スタートはいちばんメインの入り口の一辺からが良かろう。
そしてある程度中心付近までタイルを貼り進めたら、今度はそこから三方に向かって貼り進めようという基本方針をとったのである。
珍しく早々と目がさめたので、日差しが強くならないうちにと、スーの散歩に出る。
一汗かいてラララン♪と帰宅し、フフフン♪とすべて脱ぎ捨てシャワーに入る。
気持ちよくルルルンとあびていると.....な〜んかが視界のはしっこに入ってきて、「動き」を感ずる。
気のせい気のせいと妙な胸のざわつきも洗い流そうと、シャワーのしぶきを胸に腹に......あれ?やっぱなんか動くよ??
首だけまわして反対側の壁をふとみると、ななななんとGが!
ぎゃ〜っ!っと心の中でだけ悲鳴をあげる。
まだ家の者らは寝ているし、悲鳴で駆けつけられもねえ、それはそれであれだし。
丸腰のアタシは一瞬だけ固まっていたと思う。
しかしここから逃げ出そうという選択がなかった。
手にしているものは、しぶきのあがっているシャワーだけである。
水量マックスにしてGにむかって噴射させる。
驚いたGは、Gならではの俊敏かつ予測不能な動きを見せつけてくれた。
アタシだって負けてはいられない。
万が一Gがこっちの身にでもと考えると...もうおそろしくてそろしくて、シャワーの手を緩められなかった。
戦場は湯気でもうもうとなり、ほとんど視界がないほどになったが、Gがおとろえることはなかった。
さすがだGよ。
だが私だって老眼ではあるけれど、「黒い一点」を見失うことは決してしなかった。
戦っているうちに、真っ向勝負じゃなく、シャワーの方向を変えて、排水溝方面に向かわせるのはどうか?と思いつく。
きっとGは、そこからやってきたにちがいないのだから、そこに帰っていただくのが正しいのではないか。
はたして私はやり遂げた!
この身ひとつで勇ましく、ああやり遂げましたとも。
ヤツは渦に巻かれて無言で帰っていった......。
しばらくの間排水溝にシャワー噴射を続け、リターンを防御した。
それから私はGよりももっと素早い動きでカラダを洗ってすみやかに退出した。
朝の一仕事終えた気分は、なにかこう....スッキリもしないんだけど、あれしか方法はなかったよな?な気分であった。
すっかり着替え、なまぬるくてもいい、とにかく風に吹かれよう.....と一人散歩に出た私である。
姉から香りの強い大葉、おとなりさんからきゅうりとなすとゴーヤ。
またもやおいしい夏野菜をいただいたのでアレをお昼から作った。
そうめんといっしょに食べたらベストマッチであった。
なす、長ネギ、パプリカ、ゴーヤを素揚げ。
大葉は千切り、きゅうりはざくざくっと切りそのまま。
夕べのお残りの蒸し鶏の薄切りを投入。
そうめんつゆにお酢をけっこうたくさん入れダシ汁に。
以上のものらを和えるだけでおいしいおかずだ。
パプリカって素揚げすると甘みが増しておいしいね!
入れ物もいつもの器で。
この器は、内側と外側の模様の差が不思議なのだ。
内側は、北欧っぽい模様のくせして外側はとっても和風な図柄。
以前母が古物で購入したものだが、昨年いただいてきた。
けっこう使い心地が良くて気に入っている。
大事に使おうと、思ってはいる。
少女期0〜20、もりもり若い女性期21〜35、おねえさん期36〜40、おばさん期41〜55、ばあさん期55〜85(一応...)
まあ独断でざっくりだけれど、こうして数字にしてみると群ををぬいて「ばあさん期」がいちばん長いのである。
36才からをおばさんの仲間に強引に連れ込んでみても及ばない。
我々は人生の中で「ばあさん」としてもっとも長く過ごすのである。
「ワレワレワジンセイノナカデバーサントシテモットモナガクスゴスノデアル」
と、のど仏のところを人差し指でかるくトントンと叩きながら抑揚を付けず宇宙人っぽくいってみると、ますます醍醐味と実感が湧く。
二十歳になっら成人式で祝うように、55歳になったらばあさん式を行い集い祝うのはどうだろう。
メインメニューはカレーで。
はっ!あっ!ん!そうか!還暦とはそういうことだったのか!
けれど赤いちゃんちゃんこなど着て、座布団にちょこんと座り、孫に囲まれにこやかな老人のイメージが浮かんでくる。
ちちちがう、なにかがちがう.....。
ばあさん人形をたくさん作っていて思ったことの一つに、「意外とばあさんってなんでも着こなせるもんなんだな」があった。
真っ白の白髪や、グレーまじりの髪で人形を作っていたものだから、なおそう感じたのかもしれない。
白髪、縦横無尽にはしるシワ、すぐくねっとなるくらいに柔らかく詰めたパンヤ、それらはばあさんならではのめくるめく新世界であった。
派手めな色の服、レース、多めのギャザー、顔面ほど大きなアクセサリー、オーガンジー.....。
頭の中にはうっすらと佐藤愛子、沢村定子、オードリー•ヘップバーン、樹木希林、ミスマープル、本格派のばあさんがいつもいた。
人形のモデルにしたわけじゃないけど、うっすらと彼女らがあった。
休むに似たりの思考を続けている私であるが、考えてることの輪郭がぼんやりと見えてきた気がするので、この陽炎みたいなもんをつかみたいとおもう。
つかみたいもんが今までわからんかった。
いいや、なにをつかもうとしてるのかさえ。
この陽炎が耳や鼻の穴から流れ出さないうちに、アタシのカタチにならないものか。
寄る年波がばあさんというビッグウエイブになっていきますように。