友だちが最近あたらしい犬を飼いだした。
ブリタニースパニエルという犬種である。
生後9ヶ月の子犬、かわいいかわいいさかりに会いたくて見にいってきたよ〜〜。
手足が長くてスタイルがいい猟犬だ。
出身地はフランス。
ファッショナブルな柄の毛皮はさすが。
やわらかくてすべすべの毛。
するどい歯であちこちかじられると痛い。
抱いていると眠ってしまう。
おしっこプレイスがまだ定まってない。
なんでも口に入れてガジガジかじる。
そんな「おいた」な子犬。
名はうさぎ。
一時間ほどさわらせてもらって帰宅。
いえの玄関をあけたとたん、スーのクンクン攻撃にあう。
浮気か嗅ぎ取ったか......。
夕飯の鶏肉、普通より多めにする。
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60才をいくつか超えると、同年代での話題が乏しくもなるねぇ。
●病気の話し(自分の)
●介護の話し(親の)
●お墓の話し(親と自分の)
の、このほぼ三本立てで成り立っているみたいだ。
笑い合いつつも、この話題で回すと小1〜2時間はもつし。
ぜんぜん楽しくないけど、共通の心情の話題として成り立っているんだと思う。
身内の不幸(主にお葬式)は自分におきかえて考えるには、絶好のチャンスなんであるね。
死んだら莫大な金額をお寺に納めたり、理解しかねる行動をしなくてはならない理不尽。
昨日&今日と、家人の叔母さんの死とそのあとの様々を、家人と共有することによってお互いの「葬式観」を考え直し、再認識することができた。
そしてそれはアタシと家人のとはずいぶんと違ったのである。
それでも、
「自分のお葬式はこんな風にしたい」
とお互いに確認しあえた。
生きること死ぬことって、一見ね、正反対のことに思えるけどそれって同じことだと思う。
生死は地続き、同線上である。
これまで何人かのお葬式に参列したけど、この度の「アイ子おばさん」のお通夜&葬式ほど心から楽しめたものはない。
アイ子おばさんの人柄や、取り仕切った喪主さんの人望もあったことはわかるけれど、たったの5人での通夜&葬式ってのは、アタシは初めてだった。
そしてそれがとても楽しかったのある。
終始アイ子おばさんとの楽しかった話題にあふれていた。
自分が死ぬってことはなかなか考えにくい。
誤解もおそれず言うけど、アタシは自分が死ぬのがとっても楽しみなのである。
その日まで、ルンルン(死語かい?)で過ごしたいな、毎日おしゃれして!と思うのである。
「毎日おしゃれ」が生きる事と直結よね。
てか、おしゃれするってことこそ生きてるってことじゃね???
イラスト写真もなくて面目ねえ。
めっちゃ疲れたので、本日これにて。
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