スーの散歩の途中では、いろいろと拾いものをする。
秋には特にいい拾いものどっさりと。
私は「拾いもの達人」なのである。
今日、意外さ最上級な拾いものをした。
それは道路のわきっちょのタイル塀のあたり.....申し訳ないのだが、スーのお気に入りスポットのあたりに落っこちてた。
入れ歯!
さすが達人ともなると拾いものの押さえどころがちがうでしょう?
わりとすべての歯がピンク色の歯茎に生えそろっているものだったけれど、それ、上の歯か下の歯かは判断がつかなかった。
なにか、こう、妙に近寄りがたい雰囲気をただよわせてそれは道にあった。
ちょっとだけ迷ったけれど、達人としては拾わぬわけにはいかない。
ビニール袋を散歩バッグから取り出し、そっと拾って近くの交番に届けることにした。
交番には若いおまわりさんがいて、手渡したビニール袋を透かして見ながら、
「入れ歯ですね〜」
と確認したのち、まじめな顔でこう続けた。
「拾得物の権利を放棄しますか?」
私は、声のトーンを一段階ほどおとし、
「はい、放棄します」
と、名も所も告げずに粋に立ち去ったのである。
これから、達人より上の位の名人を名乗ろうと思う。
とあるコーヒーショップで。
極近の席で、おじさんと40代の女の人が話していた。
仕事仲間っぽかった。
おじさんは今月で定年退職するという68歳である。
(どうしてわかったというと、会話の中で二人とも自分の年齢を語っていたからだ)
二度目の退職なのだそう。
そして、今後も働く気持ちがみっしりとあるということだった。
女の人は、ハローワークとかシルバー派遣とか、いろいろとレクチャーしていた。
なるほど〜〜と感心しきりの私であった。
おじさんの働き続けたいという動機はただ一点、
「家に居たくないんだ」
なんども会話に出てきたフレーズであった。
働く人には必ず仕事の終わり時がくる。
定年っていう決められ事であったり、体力と気力の限界であったりもするけれど、どちらにしても終わる時はきっぱり来るもんだ。
コーヒーをすすりながら思う。
アタシ、やりたくないことはやらない人生をと選んで今ままできたのだから、これから先もやりたくないことは、進んでやらないことにしよう注意深く、終わりがくるまで、と改めて決心する。
勝手な行動のようだけれど、これはなかなか骨の折れることでもあるんだ。
覚悟というGOがいることなんだ。
友だちが言っていた。
「生まれて死ぬ。それを一本のリボンのようにつないでいるのが生だと思う」
って。
ときどきリボンを結び直しながら生きないといけない。
ぶさいくでもいいから、きっちりと結びきりたい。
死を考えることは、こわいことでもくらいことでもなんでもない。
それってただ生きることを考えているだけのことだからだ。
死に損ないになんないためにも、しっかりと死について考えときたいと思う。